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無節操一代女のつれづれなる萌ブログ
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選択肢の中で迷うと別の道を探したくなる癖が直りません。

そういうわけで、さんしらSS最終話です。
実をいうと、オチはもう最初っから決めていたんですが、そこにいたるまでに一体何ヶ月かかっとるねんという(笑)。ほんま、しょうもないオチですんません。最初に謝っておきます。

結局タイトルは浮かびませんでした。もういいや。


 その瞬間、不知火は自分の顔が見る見る間に熱くなっていくのを感じた。
 穴があったら入りたいどころの騒ぎじゃない。できることなら生まれ変わりたい。母の胎内からやり直したい。いや、それこそ人の形になる前、数億個のオタマジャクシだった頃まで遡りたい。いや、いっその事前世まで戻ってしまいたい。自分の前世が何者だったのかは知らないが、もし人間でなかったのならそれでもいい。犬や猫、虫でもいい。蝿でもいい。蝿が何をどうして生まれ変わって人間になれたのかどうだかは知らないが、神様が来世人間にしてやったくらいだ、そう悪いものでもなかったに違いない。しかし更に遡り蛆虫からやり直すのは嫌だ。成虫になったあたりからがいいな。自由に空を舞い飛ぶのだ。イカロスなどとは違う、いくら太陽に近づこうともその羽は燃え尽きたりなどしない。ああなんて素晴らしい人生、いや蝿生。アイキャンフライ。
「おいおい不知火。またお前どこかトリップしてるな」
 半笑いの三太郎の声で、不知火はやっと我に返った。気がつけばまた現実逃避してしまっていたらしい。
「そんなに深刻にならんでも。何回も言うけど、おれは別に気にしてねえし、どうしてもお前の気がすまねえってなら、また日を変えて飯でも奢ってくれりゃいい。その程度の話だ」
「その程度の話、だと?」
 弾かれたように不知火は顔を上げた。
「ふざけるな!おれが…おれが今までどんな想いで…」
 不知火はようやく気がついた。自分がここまでこの事にこだわるのは、三太郎とのあれやこれやが問題なのではなく、今の今までずっと自分が胸に秘めてきた想いを、たかだか酒のせいでこんなにもデリカシーのないやり方で赤の他人にぶっちゃけてしまった自分自身への悔しさだったのだ。
 誰にも知られなくなかった。もしも言葉にすることがあるならば、その時は真正面から土井垣その人へ、一言一句、万感の思いを込めて。そうでないならば、墓場まで。そう決めていたはずなのに。
 そうだ、三太郎は何一つ悪くなどない。別に彼のほうからそれを求めたわけでもなんでもないのだから。それなのに、自分と同じく全てを曝け出せ、などとどの面下げて言えるのだ。そうして何もかもを打ち明けあったところで、何が残るのだ。何が始まるのだ。
 気がすまないのは、自分の問題。三太郎には関係ない。煮え切らなさもやり切れなさも、分け合う必要などないのだ。
 たぎりはじめていた激情が、すうっと引いていくのを感じ、不知火はひとつ大きく深呼吸をした。
「…悪かった…」
「ん?」
 三太郎はきょとんとしている。足元を見つめたまま、不知火は続けた。
「そうだな…。おれの気持ちなんか、お前には関係のない事だった。とにかく、夕べの事はすまなかった。世話になった。この埋め合わせは、いつか必ずさせてもらう。それと…」
「うん」
「できれば、忘れてほしい」
 ぴくりと三太郎の眉が動いた。その顔をちらりと見てから、不知火は再び目線を下に落とした。
「何事もなかった…なんていうのは身勝手すぎるかもしれないがな。罵るなら罵ってくれていい」
「だからさー」
 呆れたように三太郎が言った。
「おれ、何度も言ってるじゃん?『いいから気にすんな』って」
 不知火は顔を上げた。目の前で、いつもと代わらない笑みを浮かべた三太郎が、夕日を背にして立っている。
「おれが迷惑被って、お前は恥かいた。もうそれでチャラだ。おれももう、これ以上お前をどうにかしようなんて思っちゃいないよ」
「三太郎…」
「それにさ…おれも正直ちょっと滅入ってた部分もあったからさ。お前に付き合わせちまったな、ってのも無くはないんだ。お前は覚えてないだろうけど、おれだって結構ぶっちゃけちまったんだぜ?」
「何?」
 不知火は必死に記憶を辿った。居酒屋での事は、まるで1年も前の出来事だったかのようにはっきりと思い出すことができない。店内の喧騒や、カウンターテーブルに並んだ肴や酒、隣の客のタバコの煙、それらの断片的な記憶ならわずかに残っているというのに。
(おれだってさ…)
 その時、まるでフラッシュバックのように閃いた景色があった。肩肘で頬を支え、もう片方の手でとっくりを傾ける三太郎の横顔。独り言のように、ぽつりぽつりと呟いている。
(なんも考えなかったわけじゃ無かったんよ…そりゃさ、あの面子でやんのはおもしれーし、あいつら好きだしさー…)
 ふわふわと三太郎の言葉が耳に入る。
(それでもさー…やっぱいろいろとさ、あるじゃん。あったじゃん。んなもん、関係ないちゃあないことだけどさー…それはそれでせつねえじゃん)
 三太郎の言葉は意味不明で、何のことやら一つも分からなかったが、その気持ちは言葉でなく直接不知火の胸を打った。
(そんなもん、おれだって一緒さ)
(はー?)
(おれだって、一緒にって…一緒にやれたら、どんだけ…だけどさ)
(…)
(男なんだよ。おれだって、男なんだよ。何がなんでも、負けたくないって…そう思うだろ?)
(うん)
 後頭部に、三太郎の手のひらを感じた。何か熱い塊が、喉元にせり上がってくる。
(分かってくれなんて言わないさ…そう自分で決めたんだ。後悔もなんもしてない。ただ、…)
(うん)
(ただ、さ…)
(そうだな…)
 パズルのピースのような、途切れ途切れの記憶が、次々に組み合わされ大きな断片へと変わっていく。言葉は意味を成さず、結局核心は分からなかったが、その時の自分の胸を熱くしていたのは、「共感者がいる」事への大きな安心感だったのではなかったか。
 そしてそれは、三太郎にとっても同じことだったに違いない。だからこそ、彼は最後まで自分の面倒を見てくれたのだ。
「三太郎…」
「ん?」
「…ありがとう」
 あらゆる思いをひっくるめて、出た言葉がそれだった。その一言だけで、三太郎も何かを察したのだろう。微笑を浮かべ、無言のまま頷くと、三太郎は腕にはめていた時計を見た。
「…さて、そろそろおれも家に帰るかな。移籍のこともあるし、いろいろと片付けなくちゃいけないこともある」
「そうだな」
 不知火は頷いた。三太郎は何かを思い出したように「ああそうだ」と顔を上げた。
「そういえば、帽子おれの部屋に置いたきりだったっけ。一旦取りに帰るか」
「いや、いい」
 不知火は首を振る。
「今度会う時にでも、持ってきてくれればいい。その時まで預かっていてくれ」
「今度…?」
 問い返す三太郎に、不知火は小さく微笑みかえした。
「言ったろ?埋め合わせはするって。食いたいもんあったら言ってくれ。奢らせてもらう」
「ああ」
 三太郎はニヤリと笑うと、大きく頷いた。
「そうだな。じゃ、とりあえず中華のフルコースでも食った後に、キレーな姉ちゃんがわんさかいるバーにでも連れていってくれや」
「…最後のは一人で行ってくれ」
「えー、そこ、メインだろ」
 やいのやいのと言っている間に、夕日はすっかり隠れ気がつけばすっかり薄暗くなっていた。ちょうどよい具合に向こうからタクシーがやって来る。不知火が右手を上げると、すすっと寄ってきて止まった。
「じゃあ、また連絡する。行きたい店があったら、先に教えといてくれ。予算の都合もあるからな」
 後部座席に体を滑り込ませながら不知火は言った。手をぷらぷらさせながら三太郎が答える。
「そんな気張ったとこじゃなくていいぜ。酒の美味い居酒屋でも知ってたら紹介してくれや」
「そんなとこ連れていけるか。せめてもう少し値の張るとこにしてくれんと、おれの気がすまん」
「いやホント、そこまで気い使わなくていいって。それじゃ、こっちが貰い過ぎになっちまう」
「貰いすぎ?何が…」
 不知火は聞き返そうとしたが、運転手から「お客さん、閉めますよ」と声をかけられ大人しく口を閉じた。
 バタンとドアが閉じ、ぶるるんとエンジンがかかる。その時、窓の外の三太郎が何か言いかけたような気がして、不知火は慌ててウインドウを開けた。
「どうした?」
「んー…」
 三太郎はなにやら口をもごもごさせている。
「…何だ?」
「いやそのー…」
 目を泳がせ、頭をぽりぽりと掻くと、三太郎はパン!と両手を合わせた。
「すまん!」
「はあ?」
 車はゆっくりと走り出す。少しずつ離れていく三太郎を見つめるうち、不知火はなにやら嫌な予感が沸きおこりつつあるのを感じた。
「実はもう、あらかた貰っちゃってたっていうか…返済はほとんど終わっちゃってたっていうか…つまり」
 額の前で両手を合わせた三太郎が、閉じていた目を開いた。すると、神妙だったその顔が、見る見るうちに悪戯に満ちた笑みに変化する。口元がニヤリとゆがむ。彼は今日これまで見た中で一番楽しそうな顔をしていた。
 不知火は自分の嫌な予感の的中を確信した。ザーッと血の引く音が頭いっぱいに響く。
「お前…まさか!」
 満面の笑みを浮かべて、三太郎は手を振った。


「ごっそさーん!!!」


 薄闇の中、不知火の絶叫と共に、タクシーは坂道の向こうへと消えていった。
 
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